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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)3888号 決定

債権者

若杉正樹

債権者

桑原泰

右両名代理人弁護士

田邉満

債務者

全国金属機械労働組合港合同南労会支部

右代表者執行委員長

田村孝弘

右代理人弁護士

中道武美

主文

一  債権者らが、それぞれ債務者に対して金三〇万円の担保をこの命令の送達を受けた日から五日以内に立てることを条件として、債務者はその所属する組合員又はその他の第三者をして、次の行為をさせてはならない。

1  債権者らの住居において債権者ら及びその家族に面会を強要すること

2  債権者若杉正樹については別紙図面一(略)の〈1〉、〈2〉、〈3〉、〈4〉、〈5〉、〈6〉、〈7〉、〈8〉、〈9〉、〈10〉、〈11〉、〈12〉、〈13〉、〈14〉、〈15〉、〈16〉、〈17〉、〈18〉、〈19〉、〈20〉、〈21〉、〈22〉、〈23〉、ノ、ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ、マ、ミ、ム、メ、モ、ヤ、ユ、ヨ、ラ、ア、〈1〉の各点を直線で結んだ範囲内の土地において別紙1(略)ないし3(略)記載のような、債権者桑原泰については別紙図面二(略)の〈1〉、〈2〉、〈3〉、〈4〉、〈5〉、〈6〉、〈1〉の各点を直線で結んだ範囲内の土地において別紙4(略)ないし7(略)記載のような、各債権者の名誉・信用を毀損し若しくは各債権者を侮辱する発言を宣伝車又は拡声器を使用して連呼宣伝したり、このような内容ののぼり、横断幕を掲示すること

3  債権者若杉正樹については別紙図面一のア、イ、ウ、エ、オ、カ、キ、ク、ケ、コ、サ、シ、ス、セ、ソ、ナ、ニ、ヌ、ネ、ノ、ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ、マ、ミ、ム、メ、モ、ヤ、ユ、ヨ、ラ、アの各点を直線で結んだ範囲内の土地において別紙1ないし3記載のような、債権者桑原泰については別紙図面二のア、イ、ウ、エ、アの各点を直線で結んだ範囲内の土地において別紙4ないし7記載のような、各債権者の名誉・信用を毀損し若しくは各債権者を侮辱する内容の記事を掲載したビラを配付すること

4  債務者が配付するビラ及び掲示する横断幕に債権者らの私宅の住所及び電話番号を記載すること

二  債権者らのその余の申立てを却下する。

三  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債務者は、その所属する組合員又は第三者をして、次のような行為をし、またはさせてはならない。

1  債権者らの住居において債権者ら及びその家族に面会を強要すること

2  債権者らの住居のドアを連打し、あるいはインターホーンを押しつづけること

3  債権者ら住居及び同住居を含む集合住宅内並びに債権者若杉正樹については右集合住宅の東側・西側・南側に隣接する吹田市市道上において、債権者桑原については右集合住宅の東側・西側・北側に隣接する大阪市市道上において、別紙記載の内容の、又はこれに類する債権者らの名誉・信用を毀損し若しくは侮辱する発言を宣伝車あるいは拡声器により声高に連呼宣伝すること

4  債権者ら住居及び同住居を含む集合住宅内において、別紙記載の内容の、又はこれに類する債権者らの名誉・信用を毀損し若しくは侮辱する記事を掲載したビラを配付すること

5  債権者ら住居及び同住居を含む集合住宅内並びに債権者若杉正樹については右集合住宅の東側・西側・南側に隣接する吹田市市道上において、債権者桑原泰については右集合住宅の東側・西側・北側に隣接する大阪市市道上において、別紙記載の内容の、又はこれに類する債権者らの名誉・信用を毀損し若しくは侮辱する内容を記載したのぼり、横断幕を掲示すること

6  債務者が配付するビラ又は掲示する横断幕に債権者らの私宅の住居(ママ)及び電話番号を記載すること

二  主文第三項と同旨

第二当裁判所の判断の要旨

一  本件申立ての理由は債権者らの平成六年一二月二一日付け仮処分命令申立書及び同月二七日付け主張書面に記載のとおりであり、これに対する債務者の主張は債務者の平成七年一月一三日付け準備書面に記載のとおりであるから、これらを引用する。

二  疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実を一応認めることができる。

1  当事者及び本件の背景

(1) 債権者若杉は大阪市港区(以下略)所在の松浦診療所等を経営する医療法人南労会の常務理事であり、平成六年一二月当時肩書地記載のマンションに妻と高校一年生の長男、小学校六年生の二男、小学校二年生の長女と同居して居住していた。

(2) 債権者桑原は南労会の理事であり、松浦診療所の事務長であって、平成六年一二月当時肩書地記載のマンションに妻と小学校五年生の長女、小学校三年生の二女と同居して居住していた。

(3) 債務者は昭和六〇年に結成された南労会労働組合を前身とし、平成三年八月に全国金属機械労働組合港合同に加盟して現在に至っている。右加盟のころから債務者と南労会の理事者側との間で労使紛争が激化し、平成五年及び六年には理事者側が債務者所属の組合員がワッペンを着用して就労したと主張して平成五年及び六年の夏期及び年末の一時金支給額を半額に減額したことやうつ病で休職していた組合員の復職をめぐって労使が対立し、この過程で債務者は、債権者若杉が不正融資を行なっているとか、債権者桑原が債務者の副委員長石原英次に暴行を加えたり、債務者の組合旗を盗んだ等と主張して、債権者ら個人に対する非難を強めていた。

2  債権者若杉宅周辺における債務者の組合員らの行動

(1) 平成六年八月二七日(土。なお、以下特に断らない限り平成六年のことである。)、債務者の組合員数名が債権者若杉宅の所在するマンション横の道路において、拡声器を使用して、同債権者の居住する部屋番号を特定したうえ、同債権者が不正融資をしている等同債権者を誹謗する内容の宣伝を行うとともに、マンションの建物内部に立ち入って別紙1及び2のような内容を記載したビラ(〈証拠略〉)を集合メールボックスの各戸のポストに配付した。そのうち、マンションの住民からの苦情を受けて警察官が来て組合員らは立ち去った。なお、当日同債権者はたまたま出張中で不在であったが、妻子が在宅しており、少なからぬ精神的衝撃を受けた。

(2) また、一二月三日(土)にも、別紙3のような内容を記載したビラ(〈証拠略〉)が債務者の組合員によって債権者若杉の居住するマンション内の各戸のドアポケットに入れられていた。

(3) 右二回のビラには、いずれも抗議先として債権者若杉の自宅の住所及び電話番号が記載されていたが、もとより同債権者がこのような記載を承諾した事実はなかった。

3  債権者桑原宅周辺における債務者の組合員らの行動

(1) 七月四日(月)、一〇月三一日(月)、一一月八日(火)、別紙4ないし7のような内容が記載されたビラ(〈証拠略〉)が債権者桑原の居住するマンションの各戸のドアポケットに入れられていた。このうち一〇月三一日及び一一月八日に配付されたビラには抗議先として同債権者の自宅の住所及び電話番号が記載されていたが、もとより同債権者が右記載を承諾したことはなかった。

(2) 一一月二一日(月)から一一月二四日(木)にかけて、債務者と上部団体を同じくする昌一金属株式会社の組合によって、債権者桑原宅から線路を挟んで南正面に所在する同会社の建物二階の壁面に「クローバーハイツ二〇六号桑原は暴行を謝れ」と大書された横断幕が掲示された。右横断幕は、債権者桑原の自宅ベランダや周辺道路からも見ることができ、その掲示は同債権者及び家族に少なからぬ精神的衝撃を与えた。なお、右横断幕は、撤去後は松浦診療所玄関前に掲示されている。

(3) 一二月一〇日(土)、債権者桑原宅に債務者の組合員ら二〇数名が押し掛け、マンションの建物内部に立ち入って同債権者宅の玄関の戸をたたき、右建物の北側道路上において「桑原は暴行を謝れ」等とシュプレヒコールを行なった。当時債権者桑原及び家族はたまたま留守であったが、債務者はその発行する南労会支部ニュースに当日の模様を写真入りで掲載し、その中で一時金の支払に応じるまで何度でも同債権者宅へ行く旨を宣伝した(〈証拠略〉)。

(4) 一二月二二日(木)及び同月二四日(土)にも債権者桑原の居住するマンションの各戸のドアポケットに、同債権者が暴行事件をデッチあげたとか裁判証拠に嘘を書いた等の内容が記載されたビラ(〈証拠略〉)が配付された。右両ビラには、債権者桑原に関する部分に赤線が引かれて同債権者の名前の部分が赤丸で囲まれており、また一二月二二日に配付されたビラでは、同債権者の自宅の部屋番号が赤字で書き加えられていた。なお債権者らは、一二月二一日付けで本件仮処分を申し立てており、右申立書類の写しは同月二四日ころには債務者に届いていた。

(5) 更に、一二月二七日(火)には、債務者の支援団体である労災職業病問題研究会の名義で、南労会が精神障害者を差別している旨の内容のビラが債権者桑原の居住するマンションの各戸のドアポケットに配付され、このビラにおいては、同債権者の氏名の部分がオレンジ色の傍線や丸で強調されていた(〈証拠略〉。なお、同日は、本件の第一回の双方審尋期日であったが、右ビラの配付が右審尋終了後になされたとは認められない。)。

(6) 債権者桑原の居住するマンションの管理組合は、一二月二九日付けで同マンション付近における示威運動の中止を求める文書(〈証拠略〉)を債務者に送付した。しかし、債務者からは何らの応答もなかった。

三  本件は、南労会と債務者との労使紛争から派生した事案ではあるが、労使関係の紛争は本来的に職場領域に属するものであるから、労働組合活動が法人経営者側の私生活の領域において行われる場合には、その活動は労働組合活動であることをもって正当化されるものではなく、それが表現の自由の行使として相当性の範囲内にある限りにおいて、容認されることがあるにとどまるというべきである。

そこで検討するに、前記二で認定した債務者の組合員らの行為は、本来職場領域で解決されるべき労使紛争を法人理事ら個人の私生活の領域に持ち込み、ビラや横断幕に債権者らの自宅の部屋番号や電話番号を記載し、特に債権者桑原についてはことさらに傍線や丸を付けて同債権者に関する部分を強調するなどして、地域社会における債権者らの名誉・信用を毀損し、侮辱を加えると共に、債権者らは無論のこと小学校低学年の児童を含むその家族にまで少なからぬ精神的衝撃を与えて、債権者らの平穏な生活を著しく侵害したものというべきである。しかるところ、右行為はその態様に照らして一般的な支援要請ではなくことさらに債権者らを狙い撃ちしたものと認められ、このような行為に出なければならないほどの緊急性、必要性が債務者にあったとは認められないから、仮に債務者が右ビラ及び横断幕等で主張するような事実が真実であったとしても、債務者の組合員らの右行為は、その時、場所及び態様に照らして表現の自由の行使として相当なものということはできない。してみれば、債権者らは人格権に基づき右行為の差止めを求めることができ、ビラ配付が多数回に及んでいることその他前記二で認定した本件の経過に照らすと、かかる行為が今後も繰り返されるおそれも一応認められるから、保全の必要性も認めることができる。

ただし、債権者らの住居のドアを連打しインターホンを押し続ける行為の差し止め請求については、債務者の組合員によってこのような行為が行なわれたと一応認めるに足りる疎明はなく、また、面会の強要を禁止すれば十分と考えられるから、却下することとする。また、差し止めるべき発言、ビラ等の内容及び差し止めを命じる地域については、このような制限が表現の自由を制限する側面も否定できないことを勘案すると、各債権者の住居周辺における当該債権者に関するものを必要最小限において差し止めれば足りると考えられるから、主文記載の限度とするのが相当である。

もっとも、債務者のビラ及び横断幕等への債権者らの自宅の住所及び電話番号の記載の差し止めについては、右記載が債権者らの意思に反するものであり、このような情報が一般に流布することは、債権者らの人格権の一環であるプライバシーを侵害するものである反面、このような記載をする必要性は認め難いのであるから、地域の限定を付することなく認めることとする。

四  よって、本件申立てについては、主文第一項の限度及び条件の範囲で認め、その余の申立ては却下することとし、申立費用について民事保全法七条、民訴法八九条、九二条ただし書きを適用して主文のとおり命令する。

(裁判官 瀨戸口壯夫)

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